我が国の「がん患者」は、がん統計をとり始めた1975年以降、男女とも増加し続けており、2005年のがん罹患数(新たにがんと診断された患者数)は1975年のがん罹患数の約3倍となっています(図1)。その主な原因は人口の高齢化によるものと考えられています[1]。
一方、がん患者のうち6-10%の例に脳転移が起こること(転移性脳腫瘍)が知られており[2]、2005年の我が国のがん罹患数は67.6万例なので、脳転移患者の実数は年間4.06-6.76万例(中央値5.41万例)に達すると予想され、これは原発性脳腫瘍全体の約10倍の数に相当します。これより、転移性脳腫瘍の治療は今後ますます重要な役割を果たすことが予想されます。
脳転移が神経症状の進行と中枢神経死に直結していたため、脳転移はがん終末期を示しており、積極的治療の終了と緩和医療へのシフトが必要と考えられていた時代はすでに過ぎ去り、現在では、機能障害の速やかな改善と、生存期間の延長を目指した積極的な治療が行われています[3]。現在の脳転移に対する標準治療(科学的に有効と広く認められた治療法)は、転移巣の個数や大きさによって規定されています(図2)。まず、ガンマナイフなどを用いた定位的放射線照射が第一の治療手段となります。一方、腫瘍が直径3cm以上の場合や神経症状が進行する場合などは、開頭腫瘍摘出術を行い引き続いて全脳照射を行う方法が標準治療です[4]。前任の大阪府立成人病センターのデータによりますと、最も脳転移を起こし易いがんである肺がん(図3)からの脳転移例の現在の治療法は、定位的放射線照射が全症例の約2/3を占めており、後の約1/3が開頭腫瘍摘出術後全脳照射でした(図4)。また、定位放射線治療(SRS)群と開頭術+全脳照射群との間の治療成績には差は認めませんでした(図5)。すなわち、この両治療法とも有用な治療法であることを示しております。さらに、肺がん切除後、脳転移は3年以内に起こることも明らかとなり、定期的なMRI撮影を行うことにより、脳転移の早期発見が期待されます。この点から見ても、今後、定位的放射線照射の重要性がさらに増すものと考えられます。
さらに、転移性脳腫瘍患者の死因を検討した結果、肺がんに基づく死亡(原病死)がほとんどであり、転移性脳腫瘍が直接の死因となる中枢神経死は約15%に過ぎず、しかもその80%が癌性髄膜炎によるものでした。癌性髄膜炎は、いまだ予後不良の終末期の病態と考えられており、その生存期間中央値は自然経過(無治療)で4〜6週、治療例で2〜3ヶ月と言われています[5]。しかしながら、肺腺癌かつEGFRに遺伝子変異を認める例ではEGFRチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)により画像上腫瘍が消失し比較的長期に生存する例もみられ(図6)、今後の化学療法の発展が期待されます[6]。
一方、手術ナビゲーションシステムに代表される手術手技の進歩も、より安全・確実な手術を行うのに役立っています。行岡病院では平成25年4月に手術用ナビゲーションシステムを導入し(図7)画像支援手術(Image Guided Surgery)を施行しています。これは、手術操作部位を術前に撮影したMRI画像上(など)にリアルタイムに表示することにより、手術を支援する装置です(図8)。さらに術中画像に、脳血管画像やPET画像、神経線維追跡法画像などの様々な機能画像情報を追加することにより(図9)、より安全・確実な手術を行うことが可能となりました。
行岡病院では、新しい定位的放射線照射機器(トモテラピ−)(図10)の導入を予定しています。これは、ガンマナイフのように頭部を固定する必要がなく、また複数個の腫瘍に対しても、一回の照射計画で可能となる(図11)、非常に効率の良い新しいタイプの高精度放射線治療装置で、頭部のみならず体幹部照射も可能です。メスを使わずに高精度に放射線を病変部に照射する放射線治療は、外科療法、化学療法と並んで、「がん治療」の3本柱を形成しています。私ども行岡病院は、これに免疫療法を加えた腫瘍(がん)に対するすべての治療が可能となる「腫瘍(がん)センター」を来年早々に設立する予定です。がん治療の充実をはかり、増え続ける「がん患者」に少しでもお役に立つことを通して地域医療に貢献したいと考えています。
文献
※ 詳細な内容は以下をご参照ください。(実症例の写真も掲載しております)
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図1.部位別がん罹患数の推移
図2.転移性脳腫瘍の治療方針
図3.脳転移の発生頻度
図4.脳転移に対する治療法・治療成績
図5.治療法別生存曲線(開頭術 vs SRS)